HUCC・OBラン2005  From:猿田さん(S47卒)

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○プロローグ

 うーん!今考えると迂闊だったかなー。

 思えば、佐伯先生の退官記念コンパで、上手く、本当に上手くですね50年卒の寺沢さんに乗せられる形で、大芦さん、鈴木さん共々、47年卒のロートル3人組が、な、何と、今年のOBランに参加すると言ってしまった?のが、そもそもの始まりでした。
 言い訳に聞こえるかもしれませんが、小生は、あくまでも鈴木さんと「参加したら、楽しいだろうね!」という話はしましたが、決して、寺沢さんに直接、「参加します」とは言っていない筈です。
 例え、酔った勢いでも言っていません。神に誓って言っていません。
 それでも、何故か?頭の片隅にOBランのことが残っていて、いつの間にか「参加モード」になっていたのは、何故なのでしょうか?

 たまたま、東京出張の日程が、二転三転して、最終的にOBランに参加出来ると分ったのは、既に、申し込み期限が過ぎた7月20日のことでした。
 急きょ申し込み等の手続をしてもらうことになり、54年卒の田中さんや幹事長で62年卒の滝口さんに、ご迷惑をかけたと思います。謝々!

 また、30日(土)は、私用で夕方までに札幌に帰る必要があり、29日(金)だけの、実質たった一日の参加となりました。
 小生、自慢ではありませんが、マイカーを使ったり、輪行するという発想が全く無いので、全行程の参加については、体力的にも大いに不安を感じていたというのが、正直なところです。だって、OBランは、現役の時より、ハードかも知れないと、誰か?叫んでいたものですから!

○第一章(7月29日AM:札幌→JR千歳駅集合)

 さて、28日(木)の晩に止むを得ず?職場の仲間と遅くまで飲んだにもかかわらず、朝6時過ぎには、妙に興奮して? 目が覚めてしまいました。
 多分、内心楽しみにしていた証拠かも!
 窓の外を見ると、「おー、晴れているぞー。ラッキー!」
 天気予報では、雨が降ってくるのは、札幌でもお昼過ぎから、千歳方面では夕方から、と言っていましたので、今日の宿舎である「国民休暇村支笏湖」に到着するまでは、それほど雨にあたることもないだろうと勝手に思い込んでいました。
 本当は、「備えあれば、憂い無し」であり、それなりの装備が必要だったと思いますが!

 結局、小さなフロントバックとサドルバックの容量に合わせる形で手荷物を決めることにしました。
 上ジャージ・靴下・パンツの着替えを各1枚、防寒用のオーバーパンツ1枚、ペットボトル500ml入を1本、ワイヤー錠、タオル1枚、空のビニール袋1枚、そして「お金が少々」だけとなりました。
 恥ずかしながら、非常食や雨具、スペアタイヤ、工具の類は、携行をやめました。

 でも、これって、「プライオリティーの付け方が可笑しいんじゃないの?」と言われそうでしたが、案の定、JR千歳駅に集合した時に、「荷物は、これだけ? えーっ!」と言われてしまいました。
 このことが、後で悲惨な結果を招くことになろうとは、その時、小生は全く気付いていませんでした。

 約1ヶ月ぶりに物置から出してきた愛車は、タイヤの空気が少し抜けていました。
 本来的には、これほど間隔が開くことはないのですが!
 一応、「市役所サイクリング同好会」なるものを10年くらい前に立ち上げ、平均すると月2回ほど土曜日を利用して、職場の仲間と近郊を50〜60km走る計画を立てているのだが、今年は、どうも週末の天候が優れず、中止・延期のケースが多くなっている。
 もう少し、正しく言えば、札幌近郊の安いレストランを見つけて、ランチに、ビールを飲みながら美味しい焼肉を食べるのが目的で、会場(レストラン)に行くための手段が、「自転車」ということです。

 そうそう、最近、日本ではじめて、酒酔い運転の自転車が、ひき逃げ(歩行者にぶっつけて、全治三日間の怪我を負わせて、其のまま逃走した模様)で起訴されたようですから、注意しましょう。

 いつも携帯用手押しポンプで、頑張って空気を注入するのですが、この作業は、いつも困難を極めます。ふーっ!疲れるー。
 圧力計付きのポンプが欲しいーよー! 

 北区新川の自宅を出発したのは、午前10時15分頃でした。
 北海道らしくない天気だなと感じつつも、「カンカン照りより、曇っている方が、反って良いかも」と言いながら、一路JR千歳駅を目指しました。
 約7km走って、札幌テレビ塔前に到着した時には、既に午前10時50分を過ぎていましたので、こりゃ、やばい!随分時間がかかっている。集合時間に間に合うだろうか?
 コースは、素直に国道36号線を走って行くことにしましたが、多少、向かい風?ということもあり、いつもと同じ様に、ペダルが重く感じました。

 サイクリング日和。どっちの方向へ走っても「向かい風」

 それにしても、国道36号線をまともに自転車で千歳まで走るのは、多分、卒業以来だと思います。
 当時のルートとは所々切り替わっていると思いますが、旧道はいずこに?
 また、当時より、道幅も広がり、アップダウンも随分緩和されたと思います。こうした道路が整備されているからこそ、経済活動はもとより、レジャーのためのドライブやサイクリングも楽しめるのかー
 本当に。ありがたいことです。
 南無阿弥陀仏?
 南無阿弥陀仏?

 うーっ! そう考えてくると、何故か頭にきたぞ〜〜

 最近は、専ら「公共事業悪玉論」が蔓延っていて、評論家はおろか、評論家もどき や 素人までが偉そうに、何だかんだ言ってるじゃないか、素人が玄人を軽視し過ぎてはいませんか?ってんだ!

 「これ以上、道路は、いらないんじゃないのー」
 「公共事業は、無駄なものばかり造っているから、止めるべきだ・・・」
 「ダムを造ったら、川に上ってくる お魚さんが可哀想・・・・」
 「道路をどんどん造ったら、益々自動車が増えるだけだ・・・」
 はぁあー! お前ら、「馬鹿」言ってんじゃないよー

 こうやって、曲がりなりにも 安全・快適に、道内の色々なところに自由に行けるのも、新撰組の副長の「土方さん」や、作業員のおじちゃん、おばちゃん達が、昔から頑張ってきたお蔭じゃないか。

 わざわざ「有難うございます」と言ってくれとは、頼まねーけどよ、もう少し、優しい目で土方(どかた)を見てくれよ!そして、冷静に物事を見ろよ!

 そもそも土木工事は、「ハイテク」ではなく「ローテク」なんだ。
 ハイテクが高級で、ローテクが、低級だってー!
 ど、ど、ど どこの誰だ、そんなこと言ってるのは? 

 でもねー! 実は、土木技術って ファジーな部分が多くて、返って難しいんだぞー。
 大型機械を使う、危険な作業も多いから、昔から、怪我人はざらだし、ぼやっとしてたら死人だって出るんだぞー!

 トンネルを一つ造って、一人も死者が出なかったら、それこそ「ノーベル賞」ものなんだぞー、恐れ入ったか!
 少しは、感謝の気持ちを持っても「撥(ばち)」はあたらねえーだろうよ。

 たまには、「殉職者慰霊碑」に、手でも合わせてみろってんだい。
 バカヤロー

 いつまでも、アメリカの言いなりになってんじゃねーよ!
 馬鹿の一つ覚えみたいに「効率」「効率」ばかり言いやがってよ!この西洋かぶれが。ここは、日本だぞー!

 こらっ!そこのギャル 「土木ってダサーイ!」って言うな!
 土(つち)と木(き)、上等じゃねぇーか、人類・地球の原点だぞー!
 これに、水が加われば完璧だ??

 それなのに、土木という呼び名を、やれ「社会基盤工学」だの「社会開発工学」だの、「環境風土工学」だの、挙句は、「シビルエンジニアリング工学」

 はぁあー? そのまんまじゃねぇーかよ!

 少し興奮し過ぎて、話が大きくそれてしまったようです。失礼しました。

 さて、何とか500mlのペットボトル1本で走り続け、脱水症状にもならずに、午後12時50分過ぎには、無事JR千歳駅前に到着することが出来ました。

 皆は集まっているかなー?
 おーっ!居た、居た、懐かしい顔もちらほら

 それにしても、いやー、きつかったー
 でも、見栄を張って、軽い!軽い!といった表情を装っていましたがね!
 所要時間は、2時間35分 自分としては相当頑張ったつもりです。

 当初、お昼は駅前で「カツどん」でも食べて、午後の走りに備えようか!と考えていましたが、疲れ過ぎで食欲も減退し、サンドイッチ1個で済ませる羽目になってしまいました。

○第二章(7月29日PM:JR千歳駅→林道経由→支笏湖休暇村)

 全員集合の記念撮影の後、いざ出発という頃には、とうとう、大粒の雨が降り出してきた。
 それでも、本格的に降り出す前には、宿舎に到着するだろうと甘く考えていました。

 54年卒のタケルこと、高橋さん(ペースが、速すぎる〜)を先頭に、青葉公園(随分広い公園のようで、2度も回ったので、余計、その規模を実感することが出来ました)を抜けて、林道を走りましたが、所々砂利道があり、チューブラー・タイヤが、パンクしないだろうかと、ヒヤヒヤしながら、必死で皆の後をついて行きました。

 雨は、さらに激しくなり、ずぶ濡れ状態。
 正に、雨で外側から濡れるか、汗で内側から濡れるか の違いだけで、結果として雨具は必要なかったと思いました。
 ただし、キャップをかぶってくれば良かったと後悔しました。

 園路を走り 〜♪  二回も走り 〜♪
 絶対行くぞー♪ ほんとに行くぞー?
 はるか先行くー♪ リーダーのタケル 〜♪
 雨粒うれし?  OBランよー♪
 メガネが曇り 〜♪  心も曇り 〜♪・・・
 足が乱れるー OBランよー♪

 林道走りー♪ どろんこ道をー♪
 森のヒグマもー♪ どこかへ行ったー♪
 年の差♪なんて〜  やっぱりきついー♪
 想い出残るー♪ 支笏湖への道♪〜
 みんなは騒ぎー♪ わたしは泣いて♪
 心乱れる OBランよー♪

 ※ダ・カーポ(宗谷岬)の提供でした

 小生、いつも「マッドガード」=いやー!洒落ていますね ハリウッドのスターみたいな呼び名ですが、いわゆる「泥除け」を装備していないので、自分の背中や頭に泥が撥ねるのは仕方ないとしても、何かと気を遣ってゆっくり後ろから来てくれたGOKIさんこと、川浪さんをはじめ、後ろの皆さんには、随分迷惑を掛けました。心から、お詫び申し上げます。

 足が痛い♪〜 膝が痛い♪〜 腕が痛い♪〜
 腰が痛い♪〜 尻が痛い♪〜 首が痛い♪〜

 腹が空いた♪〜 喉が渇いた♪〜 目がしみる♪〜

 等と、半分やけくそで、訳の分らないことを口ずさみながら、何とか かんとか 目標の「国民休暇村支笏湖」に到着したのは、午後4時半頃だったと思います。
 小生、本当に倒れる寸前でした。バタッ!

 ホテルにチェックインした後、空きっ腹(途中で貰ったチョコレートの美味しかったこと、今まで生きてきて、一番美味しく幸せと感じました=どこかの、水泳選手のインタビューみたいですか?)を我慢して、先ず、風呂に入りましたが、本当に気持ち良い温泉でした。
 一瞬にして疲れが吹っ飛んだ(実は、これが誤解で、高齢者の疲れと筋肉痛は、後からじわじわ来るのでした)気持ちがして、参加して本当に良かったと感じました。
 無理やり誘ってくれた寺沢さん、本当に有難うございます。
 また、走りたいのを我慢して、車で伴走してくれた平成4年卒の立川さんとエロマン?こと青山さん、本当にお世話になりました。

○第三章(7月29日夜:大広間→幹事部屋)

 大広間での「大夕食会」、そして幹事部屋へ移動しての「二次会」と、楽しい時間を過ごすことが出来、本当に無理して参加して良かったー。

 来年のOBランは、道東方面という話が出ていたようですが、全く聞こえませんでしたからー。
 聞こえないふりをしていたんでしょって。えっ!
 でも、多分、今年の感動が忘れられなくて、どうにかして参加しようと考えるんだろうなー!
 そのためにも、47年組を中心に、高齢者の参加数を増やさなきゃ!

 「美味しい料理」と「旨い酒」、そして「大事な友」、金が無くても体力さえ続けば、どこへでも行ける「自転車」 その全てが、そばにある。

 これ以上〜♪〜 今以上〜♪〜 幸せになれる〜なら〜♪〜
 ワインとお酒の〜♪〜〜 海の〜中〜♪〜

 ※安全地帯(ワインレッドの心)の提供でした

○第四章(7月30日AM:国民休暇村解散→千歳→恵庭→北広島→札幌)

 30日の朝は、非常に蒸し暑く、寝苦しい部屋だったこともあり、7時ちょっと前に目を覚ました。
 天気はどうか?というと、夜中にずーっと降っていた雨も、ようやく上がっていた。
 今日が一番きついコースだろうから、皆は大変だろうなー(内心ほっとしている自分がいた)
 でも、札幌まで一人で帰るのも面倒だなー 等と考えながら、朝風呂に入っている幸せ者が居た。
 朝から温泉!極楽・極楽 ありがたやー

 バイキング形式の朝食も大満足、これで又、消費カロリーを超えて摂取してしまった。本当に、しまった!

 ずぶ濡れになったレサーパンツは、着替えを持ってこなかったので、生渇きのまま履くしかなかったが、30分もすると体温で乾いた。
 靴も、前の日に新聞を詰めていたお蔭で、何とか履ける状態になり、ほっとした。

 出発前、ホテルの歯ブラシで、ブレーキシュー等に着いた砂だけは落としたが、ギヤとチェーンには、既にサビが浮いていた。驚きー!

 なお、迂闊にも、自転車を移動しようと、石畳に足をかけた途端、前日の雨で濡れていた路面ですべり、鞭打ちのような状態で、後頭部をしたたか打ってしまった。
 やばいー!これで、何日かして、ポックリ逝くなんて事はないだろうなー、万が一のことがあったら困るので、誰かに証人になってもらわなきゃ。
 よろしく、お願いいたします。

 ホテルの前で、記念撮影の後、大勢に?見送られて一人淋しく帰路に着きました。午前9時15分頃だったかな。

 さて、自宅には、ギリギリ、午後3時前に到着すれば良いのだから、途中で昼飯(今日こそ「カツ丼」を)でも食べて、のんびりと4・5時間かけて帰ろうか、気持良いだろうなー!
 ところが、走り出してみると、まだ路面がきちんと乾いておらず、さらに霧雨というか濃霧で、チョッと走っても全身がびしょびしょになってしまう最悪の状態の中、必死で千歳まで走りました。10時20分頃、千歳市内に入ると、運良く晴れていて、ほっとしました。
 美笛峠に向かった皆さんも、濃霧は無かったと言っていましたので、多分支笏湖周辺だけの現象だったのだと思います。  結局、雨が降ったりしても困るので、途中での休憩は諦め、札幌ドームの前の「サイクルプラザ」に寄って、折りたたみ自転車を物色しただけで、ひたすら走って帰りました。
 新川の自宅に到着したのは、午後12時50分頃でした。
 所要時間は、3時間35分。全体に下り坂なので、思ったより早く着いたと思いますが、見栄を張りすぎて、その後が悲惨でした。

 先ず、シャーワーを浴びてから、用事を片付けて、夕方には、膝の痛みを堪えながら、近くの洗車場で、自転車を洗いましたが、砂を取り除くのに結構苦労しました。

○エピローグ

 楽しかった2日間を思い出しつつ布団に入ろうとしましたが、
 な、な、何と、首や膝、腰だけでは無く、全身至るところが痛くて、上を向いて寝ることが出来ないではあーりませんか!
 しばらく、七転八倒していましたが、結局、「睡眠薬」と「痛み止め」の両方を飲んで、やっと寝ることが出来ました。

 でも、皆さんのお蔭で、実質一日だけでも、何とか「OBラン2005」に参加することが出来ました。本当にありがとうございました。
 来年に向けては、色々準備が必要かな?
 いやいや、余計なことを考えては駄目だ!来年も走るのか?なんて、誰も聞いていないのだから・・
 例え頭では、理解し、了解しても、首から下、特に下半身は、OKサインを出さないでしょうね。これ、間違い無い!

 これは、余談ですが、ウエアについて一言

 小生、かなり無理をして、ボデイコンシャスなサイクリングウエアを着用していますが、これって、
 汗は、素早く外に出すと同時に、風等は、完全に遮るので
 「蒸れない」、「冷えない」、「匂わない」?三拍子揃った優れものです。

 我々の学士時代には、こうした素材のウエアは無かった(もし、あっても高くて買えなかったでしょうが)ので、技術の進歩というのは、本当にたいしたものですね。

 拙者、ギター侍こと波田陽区と申します、

 大芦さーん、OBランのレポートの中で、
 「SARUなんて、腹が出てるくせにビシッとしたサイクリングウエア着やがって!」と、言うじゃなーい

 でもねー、それって全く違います、誤解ですからー

 「SARUは、腹(はら)以外の部分が、痩せているだけですから」

 残念(ざんねーん)!
 団塊の世代の大人達は、飽食の時代をどう生きるのか? 斬り!

 最後に、うちの奥さんの一言:
 本当に、怪我も無く無事帰ることが出来て、良かったですね!
 もう、年なんですから、無理は出来ませんからー。
 でも、今日は、本当に楽しかったーという顔をしていますよ!

2005年8月5日脱稿(猿田昭治)

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