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児玉さん(H1卒)の2007北海道OBラン報告

2007/07/14(土)

 「お父さん。飛行機に遅れるよ〜!」娘の罵声で起こされ私の初北海道OBランはスタートした。今朝6時過ぎまで飲み明かしていた為8時に自力で起床できなかった模様。 ふらつきながらもザックと自転車を担ぎ羽田へ向かう。こんなこともあろうかと一昨日準備を終わらせておいてよかった(一昨日の私よ ありがとう)。電車内で多少変な目で見られつつも(輪行のせいか酔っ払いのせいかは不明)無事羽田に到着。このままではいけないと無理やりカレー半分とビールを胃に入れ函館空港へ飛ぶ。空港で自転車を受け取る際職員が愛想よく「どちらを走られるのですか?」「さぁ〜。」「・・・。取りあえずお気を付けて…。」いぶかる職員を後にして集合場所の函館駅へ。韮澤先生がいらっしゃる。お会いさせていただくのは卒業以来だ。レースをしていた部員とご自宅でご馳走になったのを思い出す。幹事の馬場さんも来られる。本人の名誉のために実名は避けるが一ヶ月前に酔っ払って駅の階段から転落した某吉岡氏も現れる。想像していたより見かけの怪我もひどくなく元気でよかった。それにしても寒い。先週の東京は猛暑地獄だった。いくら北海道とはいえ大丈夫だろうと高を括ったのが甘かった。駅前の無印良品で長袖スウェットを買う。

 韮澤先生、原さん、南野さん、鈴木さん、横山さん諸先輩方々伴走のもとタケルさん、孫さん、吉岡とまずは水産学部へ。諸先輩方々も走られる。恥ずかしながら同部は初めてだった。特に学部長室に入れるとは思わなかった。なんと原さんは学部長でいらした。懇切丁寧に種々教えていただく。こんなアカデミックな場所に入れることは私には二度とないであろう。 それにしても自転車にちゃんと乗るのは20年ぶりである。よく考えれば…よく考えなくても人生の半分ぶりだ。レーサーを15年ほど前に買っていたが狭い我が家でモニュメントと化していた。傷ひとつ無く埃まみれだ。構想15年の大計が実ってよかった。それもこれも飲み会での野田さんとの握手に起因する。「OBランでるよな。」の一言のもと酔った勢いで握手してしまった。更に悪いことに記憶が無くなるほどの泥酔状態ではなかった。結果、今函館を走っているのである。

 きじびきキャンプ場の麓に着く。あと5km弱で500m弱登るらしい。冷静に考えれば平均10%とハードさが分かるのであるがそこはブランクの悲しさ。能天気に走り出す。タケルさんや孫さん、吉岡達はさっさと登っていくが半分も行かないうちにふたつのことに気付く。ひとつは二日酔いで非常に気持ちが悪い。ふたつがフロント42で坂を登る脚力が今はもう無いということだった(ニカウさんに蔑笑されそうだ)。ここに至り昔の坂の辛さが実感として甦ってくる。ここはピレネーかとも思う。職場のスクリーンセイバーに日本海軍五省(至誠に悖るなかりしか。言行に恥ずるなかりしか。以下略。)を流しているが「坂を侮るなかりしか。」を加えようと思った。タケルさんはちゃっちゃと登りきり颯爽と下ってこられた。本日はここでお別れする。一足先に車でキャンプ場に着いていた韮澤先生と篠原さんは途中まで下ってから軽快に登って行く。私はそうこうしている内に遂に耐え切れなくなり道端で吐く。どうにかこうにかキャンプ場までたどり着く。

 その後皆で車に乗せてもらって温泉へ。遠藤も現地で合流。温泉は至福。至誠は無くとも至福があれば…走ってよかった。てっきり遠藤は登るのかと思いきやさっさと自転車の分解に入っていた。気持ちはよく解かる。 キャンプ場で元木さん、野田さん、岩田さん、篠原さん、滝口さんとも合流しバーベキュー。美味しい。流石サバイバル馬場さんだ。野田さん達が炊いていたご飯を篠原さんがむすぶ。これを焼きおにぎりにしたのだがこれがまた美味しい。岩田さんをはじめ皆さんに本当に久しぶりにお会いさせていただきお酒もすすむ。馬場さんは「新月の夜に切った木は腐らない」理論に拘り孫さんと激論を交わしていた。議論はストラディバリウスにまで及んだ。馬場さんの真面目な話を聞くのは貴重な体験である。ロッジに移り孫さん達と飲む。野田さんも仮眠から復活。翌日聞き及んだところその頃には狐つきのように私の目はすわりコミュニケーション能力欠如状態であったらしい。翌朝なぜか隣のロッジで寝ていた。野田さん曰く突如消えたらしい。テレポートしてしまったのかはたまた神隠しにあったのか。「ひじびきの謎」である。そのせいか私の記憶も朧げだ。

2007/07/15(日)

 翌朝は馬場さんの「ごはんだよ〜。」の声で起きる。馬場さんが早起きしてお湯を沸かしていただいたらしい。「申し訳ないな〜。」と心の隅で思いつつも「さとうのご飯」と缶詰をいただく。缶詰は鯖の水煮や鰯の蒲焼。懐かしくてかつ美味しい。普段朝食は食べないがばっくばっくと食べた。

 今日は小雨模様。昨日登った坂を気持ちよく下る。よくこんなところを登ったなと思うと同時に実感した。坂は下るべきものである。吉岡は家族の待つ函館へ戻る。途中タケルさんと合流して上磯ダムへ。滝口さんは体調不良につき車での伴走となった。ダムで南野さん、鈴木さん、横山さんとお別れする。 ダムの上流から沢登りをするのだが上流へ行く途中のダートでパンクする。自転車に乗るのが久しぶりだから当たり前ながらパンクも久しぶりである。降りた直後から私の頭は「輪行」一色に染まっていた。今回パンク修理セットなるものを持ってきてはいたのだがよく考えると空気入れはロッジに置いてきていた。やる気が知れる。滝口さんの車に乗せてもらう。滝口さんが車を出してくれていなかったらどうなっていたか…ぞっとする。沢の入り口で皆地下足袋などに履き替える。私は安易に軽リュックも持ってこなかったので遠藤に昼食のおにぎり他持ってもらう。買い物帰りのおばさんみたいにビニール袋片手に沢を登らなければならないところだった。遠藤ありがとう。

 小雨降りしきるなか9名で戸切地川の沢に入るが異常に水が冷たい。「ひぇ〜。」「冷めて〜。」「痛て〜。」酸鼻の声が方々であがるがとりあえず進む。水が透き通ってきれい。所々の湧き水そして木々にも囲まれ心身のイオン洗浄だ。時折魚影も走る。慣れてくると水の冷たさも気にならない。おそらく感覚の麻痺であろう。当初膝上の短パンが濡れないよう気を付けていたがしばらくするとどうでもよくなった。これも麻痺だと思う。2時間弱で仙の釜峡に到着する。両岸が切り立っていて水深も深い。馬場さんが「これを避けて林道をちょっと行ったところで合流もできるよ。」と言っていたのでそっちに心惹かれたが折角だから行ってみるかといつもの勢いでの過誤をおかす。馬場さんは「こんなの初歩レベルだよ。」とさっさと切り立った苔壁に張り付いてひょいひょいと進んでいくのだが私には初歩レベルというのは残念ながら共感できなかった。クリフハンガーの世界である。手ぶらでかつ手袋をしてきてよかった。馬場さんとシルベスタスタローンの偉大さを実感した。何とか苔壁を抜けてタケルさん、元木さん、岩田さんの5人で進む。この先ちょっとの筈が結構距離がある。また仙の釜峡ほどではないにしろ難関もある。無心で岩やらを登ったり下ったりしていたが面白かった。こんな機会はあんまりない。馬場さんの何回も来たくなる気持ちが解る様な気がした。その間行方不明もどき事件が別働隊で起きていたが詳細は野田さんのレポートにて。無事合流して昼食をとる。遠藤と会えたので預けていたタバコも吸えた。少数派の喫煙者孫さんも美味しそうである。沢から林道に上ると吉岡家族が車で来ている。よく場所がわかったものだ。原さん、韮澤さん、滝口さんの車で沢の入り口に戻りここで原さんとお別れする。

 とにかく寒い。私は全身びしょぬれになり寒さで震えていた。小雨が降る中皆さんダートを果敢に登っていくが残念ながら私の15年目の愛車はパンクしている為滝口さんの車に乗せていただく。暖かい。天国と地獄または地獄に仏とはこのことである。「滝口さんそして自転車の神様ありがとう!」と心で叫んだ。滝口さんが「海の日なのにな〜。」と呟く。全くこの寒さは人知を超えている。防寒装備を怠った私のせいではない。足首を沢でひねられた野田さんも途中から同乗される。 さて問題のキャンプ場への坂である。韮澤先生の発案で昨日とは別ルートで登ることになる。皆さん懸命に登られている。どうも昨日のルートよりきつそうだ。傾斜12%という看板表示がでる度に車内は「お〜!」と盛り上がる。そんな坂をものともせずタケルさんが元気に登られる。卒業年次からいえば私なぞよりお年を召されているはずなのに数倍は体力があられる。なぜかと考えているうちに結論がでた。才能だと。私には一生無理である。 野田さんが篠原さんにがんばれ!と声をかける。篠原さん曰く「やられた!」。そう思わせる坂である。私は申し訳なく残念に思いかつ再度感謝した。

 登った7名の方が無事キャンプ場へ到着し車で韮澤先生がご存知の温泉へ。サウナもあり生き返る。風呂からでたあとに泉内の食堂で孫さん、遠藤とビールを飲む。メニューにはカレー等ありもうエッセンやめてここで食べてごろ寝しようよと邪心が走る。この邪心は結構強かったがとりあえずキャンプ場へ戻り炭火でカレーを作って宴会。馬場さんが「さて何カレーでしょう?」と確か岩田さんに質問していて「材料みたよ。牛豚鳥だろ。」と回答され「ビーフカレー。」「ぶー。」といった想定問答は放棄を余儀なくされる。 キャンプ場は靄に包まれやはり寒い。唯一の長袖を沢登りで濡らした為半袖を3枚ほど着込んだが力及ばず震えていたら馬場さんが上着を貸してくれた。やはり「備えよ常に。」の精神は必要である。北海道を久しく離れ寒さを甘くみていた。スクリーンセイバーには「寒気を忘るるなかりしか。」も追加せねばと思った。 やはり炭火でかつ外で食べるエッセンは美味しい。邪心に負けなくてよかった。お酒も美味しい。途中で池谷君が登場する。会うのはやはり卒業以来で懐かしい。靄が流れ時折函館の夜景が顔を出す。

2007/07/16(月)

 野田さんが早く起きられお湯を沸かしていただいたよう。また「申し訳ないな〜。」とは思いつつ篠原さんとカップラーメンを美味しく食べる。本日の早い時刻の飛行機で帰る為篠原さんと共に朝一で滝口さんに車で大沼公園駅まで送っていただく。車中で馬場さんから借りた上着を着ていることに気付く。馬場さんすみません。 本日快晴。昨日までの天候不良はなんだったのだと思わず渡哲也もどきで「何の〜ために〜安らぎに〜。」と歌いそうになったが天気が悪くてもそれはそれで非常に楽しかったのでやめる。大沼公園駅で滝口さんとお別れする。種々お世話になりっぱなしだった。 そこからバスで函館空港へ。篠原さんの飛行機出立時刻がせまっていたが函館を惜しむように二人でビールを飲む。出立後、起こしてくれた娘をふっと思い出しお土産のお菓子を買う。あの罵声がなかったら今回のランは行けてもちょっと変わっていただろう。食堂で本を読みながらビールでいくらを摘まみつつフライトまでの時間をつぶす。かのようにして私の初OBランは終わった。 その日本隊は大沼公園まで快走されたが詳細は野田さんのレポートにて。

 幹事の馬場さんをはじめご参加された方々ご一緒させていただき誠にありがとうございました。また初めてOBランを走るきっかけをつくっていただいた野田さんにも感謝しております。 来年は池谷君が幹事。またきっと期待を裏切らないランになると思いますので来年も諸環境が許せば是非参加させていただきたいと思います。麻薬のようなもので一度参加させていただくとまた行きたくなります。 OBランから早一ヶ月経過もパンク修理は未済。かつ某方面からは「輪行袋に入れたままにしといて。」と言われていますが機会をみて走っておきたいと思います。またお会いさせていただくのを楽しみに致しております。

H元年卒 児玉 一郎

 

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